風に吹かれて~誰のためでもない人生の記録~

つまづきながらも、楽しく生きているアラフィフの人生を日々記録したブログです。今、少し悲しいとか、辛いとか、思っている人に、少しでも笑顔になってもらえますように。

流れに乗ろう

こんばんは。

昨日の記事は恥ずかしいので消しました。

 

恋愛は不思議で素晴らしいです。

なぜその人でなければならないのかなんて

自分でもわからない。

それがいいんですよ。

婚活になると、子どもを育てることも視野に入れながら

この人は家事をしてくれるだろうかとか

育児はどうだろうかとか、パートナーの家族はどんな人だろうとか

様々な要因が絡んでくるかもしれない。

だけど、「その人の”何か”に恋する」

そして「愛する」になると

その人が何をしてくれるかなんて全く関係なくなってしまい

ただその人の存在が愛おしい。

その気持ちが続くかどうかを考えることすら意味がなく

一緒にいる一瞬だけで永遠を生きている気持ちになる・・・

 

私にとって、そういう相手が現れたら

たとえ別々の道を生きるとしても

その先ひとりになっても、しあわせ。

 

傷つけ合うことも、迷って悩むことも全部含めて

人生に大切なイベントなのだろうと思います。

 

ゴールの幸せだけが結果だと思ってる人が多いし

ダメ男と知り合うことを避けたいという人もいるけれど

自分の欲望と素直に向き合っていれば

どんな失敗も笑える経験になるんです。

 

こんなにたくさんの人がいて

その中で、出会って会話して、なぜかお互いが気になっていくなんて

どんな理論を立てようが証明できない現象です。

 

運命とか縁とかしか言いようのないものが

人間同士に働いて

そうなっていくわけなので

そこに色んな理屈をつけて、善悪を持ち込んで、理性でやろうとしたって

どうしようもないし、つまんない。

 

どんなにたくさんの男性がベルトコンベアーで流れてきたとしても

「この人かも!」と思える人なんてごくわずか。

その中で、一緒にいていいと思う人は2,3人ですよ。

(たとえがひどいかwwwいや、そういう意味じゃなくて。人生をベルトコンベアーに例えたとしてってことなので)

 

どんなに顔がよかろうが、性格がよかろうが、誠実だろうが、家事をやってくれようが、全然関係ないところで魅かれあう。それはお互いが出している電波のようなものかもしれない。

 

まあ、どんな出来事も、「起きてしまってから」理屈をくっつけるのが人間です。

 

恋愛してから理由を見つけようとするし、理由を見つけてあげたと思うアドバイザーも出てくるんだけど、そもそも、人間は行動が先で、理屈はあとだからね。

 

自分の直感第六感を大切にしましょうね。

 

側に居ること、一緒にいることだけが愛ではないってことを、私は学んでいる気がします。子どもや親と離れてても、愛を送ることはできるし、愛することもできる。

そこに、お互いの生活を持ち込まなくていいって。

 

ちょっと意味わからないようなことを書いてみました。

 

☆彡☆☆彡☆彡☆彡

 

今日、仕事が一段落しました。

雇止めがあってからの二カ月の心の動き、そして、これからのことも含めて。

わたしは、リストラされたサラリーマンの気持ちがよくわかるようになりました。

すぐに就活なんてできない。

とりあえず、今まで通りに家を出たい。何もしなくても。

その気持ちが痛いほど理解できます。

専業主婦の時や、自分から仕事を辞めた時には、それが理解できなかったです。

テレビドラマで見てもよくわからなかった。イメージ的にはそうだろうなと思ったけれど。

 

ってかもう、そういうの、いらないってwww

こういう気持ちを理解しないまま人生を終えていく人もいるんだからさ~

私もそっち側に、次生まれる時はよろしくです。

 

腑抜けってますね。

でもそれが今の私には必要です。

ここで腑抜けになる経験をすっ飛ばしたら、また同じ体験が来るんでしょう。

昔の私なら「ほらみたことか」と嘲笑する誰かを想像してしまって

慌てて仕事を探して、「わたしは不幸じゃないし」という皮を被ろうとしてた。

でも、それが全くないんです、今はもう。

流れに任せてるし、自分を信じてる。

 

嗤う人はいるだろうけど、関係ないし、そんな人は私の人生に二度と入れないです。

 

人生の出来事に意味はないです。そこに理由も理屈もないです。

あるのは今と未来だけ。

 

今の私は、腑抜けなのに時々幸せです。

 

f:id:pikake-jasumin:20200324213140j:plain