結局見ない(笑)
映画「昼顔」が放映されるというので
「斎藤工さんでも見て、癒されたいなあ」とつぶやいた。
息子に雑学を披露してみた。
そこから、シュタイナー教育とは何か、この母が中学生ぐらいの時に「宿題のない学校」として紹介されたこと、シュタイナーが農場まで作った偉大な思想家であることなどを説明した。
講師ってる私。
知っていることはとりあえず伝えておきたい。
そして、結局「昼顔」は観ないのであった(笑)
知ってることを教えたいという気持ちになると
身近な人に雑学として話しているけれど
大勢に教える日が来るのかもしれないと思っている。
震災の話を書いたら、ツイッターでフォローしてくれる人や、読んでくれる人が増えたようでうれしい。
少しずつでも書いていきたい。
私にとっての被災は、自分の家にとどまらず、大事になってしまった。
今まで話したことのないマンションの人に会って話をしている。
これが運命の流れなんだろうと思う。
昔、鬱病になった時、外の世界をシャットアウトしたことがある。
私は常に外向きに考え、人の思考を読みながら生きていたから
その期間がとても大切だったのだと今ならわかるが、当時は罪悪感でいっぱいになったものだった。
自分に向き合ったあの時間があるからこそ、今の私が、こうして一人で(子どもたちは大人の中に一人で行けないという意味で)被災に向き合えるのだと思うと、人生の不思議さを想わずにいられない。
外向きのベクトルを作るためには、内向きのベクトルをしっかり作ることが重要だと私は思う。ちょっとしたことで、めげたり、凹んだりしていては、非常時は乗り切れない。
何を言われようが、何が起きようが、自分に戻る時間を何よりも大事にできるのは、一度しっかりと「転んだ」からだ。
ほんとに、心から「電気給湯器が壊れたのがうちでよかった」と思う。
引っ越ししようと思っていたから、段ボールがたくさんあったこと。
段ボールを敷けたおかげで、不潔にならずに済んだ。
奇跡的に(笑)今ニートの息子だったから、一週間ずっと片づけを手伝ってくれた。
おかげで水に濡れたものはほとんど処分され、見違えるように(床が見えるように)なった。
水を止めることもできた。
これが、小さいお子さんのいる家や、年配の方、一人暮らしの方の家だったらどうなってたかと思う。
そして、新居を借りていたので、ゆっくり睡眠をとることができた。
神様の采配は素晴らしいと思う。
先日は「あれ、絶対震度3じゃなかったよね」という余震が来て、まだまだ体調も精神面も戻らない。
それでも、今の私は、寂しくないし怖くない。
すべてが「何か」に向けて動いているかのように思える
その「何か」はわからないけれども。
さっきの「昼顔」
実は少しだけ見た。
つまらなかったから見続けられなかった。
あれは男性の好みなのかな?
コミュニケーションできてる風に思えないし、勝手に妄想の世界やね。
それでも。
世の中には、たくさんの男女の恋愛物語が生まれる。
もどかしくて、自分の嫌な面をたくさん見てしまって、それでもどうしようもなくて。
穏やかな結婚生活、というものに満足できないから、みな恋愛小説や恋愛映画を好んで見るのだと私は思ってる。
自分ではできないことを、架空の物語と「想って」疑似体験している。
ということは、誰もが心の中に、そういうものを飼ってるってことだと思う。
「結婚できて幸せ」に着地させたいっていうのもわかるけどね。
そんなところで、今日はおやすみ。
読んでくれてありがとう。
いい夢を(^^♪