風に吹かれて~誰のためでもない人生の記録~

つまづきながらも、楽しく生きているアラフィフの人生を日々記録したブログです。今、少し悲しいとか、辛いとか、思っている人に、少しでも笑顔になってもらえますように。

リベンジ

こんにちは。

 

もう、今日が何曜日がわからなくなっていますが

日曜日なんですね!

 

昨日の夜に書いた記事がイマイチだったので

リベンジです。

 

よくあることなのかどうなのか

私は自分のことしかわからないのですが

世間で言われる「自分らさしさ」だとか「好きなことをする」とか「心に従う」ということがピンと来ませんでした。

ナニヲイッテルンダ?ぐらいの。

 

「ご飯は3食決まった時間に」「毎日掃除」「主婦ってこれをするもの」等々

いわゆる大多数の人が決めているルールを、私は守らないことが多いです。

っていうか、自分の身体と気持ちに従えば、ルールを決めることすら

私には困難でした。

 

一日が24時間で、身体的に規則正しいほうが気持ちがいいというのは理解できるけれども、それ以上の理由はないなあと。

 

その上、絵を描くだとか、占い師になるということが、「やりたいことの行き付く先」って言う人があまりにも多すぎて、それこそ「みんなの流行を行ってるだけじゃないの?」とも思います。

そもそも、仕事にしなくたって、絵を描いたり歌を歌ったり、占いすればいいし。

 

自己表現はそーゆーことじゃない気がするんですけど・・・

 

屁理屈かな(*´ω`*)

 

昨日急に、親との共依存の深さに気づいて

他人がどれだけ私の行動や考え方にいちゃもんつけようが

私の人生はこれで正解だったなあと

やっと思えました。

 

いい悪いは別にして。

あれほど深く恐ろしく、他人の人生と自分を同一化し

自分の願いや気持ちすら封じ込めてしまうほど

他人(親)の願いだけにフォーカスする日々は

楽だけど地獄でした。

でももう、その「自分をすべて手放して他人に預けてしまう幸せと不幸せ」は

二度とできないし、やりたくない。それが深い愛情に基づいたものであったとしても。

 

仮面どころか、自分自身でない人生をまるっと過ごしてきたわけで

そりゃ、自分のやりたいことなどわからなくて当然ですし

自分に嘘ついてるとか、自分がわかってないとか言われても

で???としか言えないわけです。

そうやって、人を評価する他人が、私を救い出してくれることは決してありません。

救えるつもりで言ってるのかもしれんけどさ。

 

演技が演技でなくなってしまうほど、演技していないと死んでしまうほどの恐怖を味わったわけだから。

 

それこそ、自分のものではない闇も感じて。

 

双子ならまだ、同等の立場だけど、相手は母親。

時に親のふりして、時に子どもに戻って、私を子ども扱いしたり、親扱いしたり。

私もよくやったと思います。その時々で相手に合わせて自分を変えて。

 

だから、子どもの立場にも親の立場にも、今でもどっちにも立てますよ。

ついでに言えば、男にも女にも。

 

私の独特さ、というのは、おそらくこの「相手次第でどの立場にも立てる」という、それが自然にできてしまう、ということなのでしょう。

 

それで、その反発として、「自分」が頑張って出てきてしまう時。

その時に、周囲が私を叩くんですよね(笑)

 

自分にとって都合のいい人間として現れたくせに

なんで今さら、「自分」を出してくるんだよ!って思われちゃう(笑)

 

わたしは、自分のその「自分でない相手に合わせた別の存在になって」誰とでも接してしまうので、相手の闇が必然的に炙り出されてしまうことが多いです。

つまり、鶴の恩返しや、カエルが王子様になる話と同じで

私の最初の印象や表面だけを気に入ってくれただけで

本性を見せた途端、逃げていく人がいる。

もしくはその逆で、見せかけの私だけを知った気になって批判してくる人もいる。

それってつまり、その人が何を求めていたかを明らかにするわけですよね。

わたしは一度も嘘をついてないし、どの自分も本当のわたしなのですが。

【別の存在の自分もってことです】

 

鶴なのに人間のふりしやがって、と言う人がいるかもしれないけれど

人間のふりをしてたって、その生き物の魂は全く変わらなかったと思うんですよ。

美女と野獣にしたってそうでしょう?

 

どっちの姿も本当のわたしなのです。

 

そして、これからは、「誰にでも合わせられる自分」はちょっと裏に戻っていただいて。全くスポットライトが当たらなかった「誰がいなくてもこれがわたし」の部分に登場してもらうことにしました。

このインナーチャイルドはとても怖がりで、我慢もずいぶん板についてしまい、引っ張り出すのが大変なんだけど、いい加減、主役やってもらわなくちゃ。

 

そして、彼女と共に、自分至上最高の幸せを生きることにしました。

 

ちょっと逸れるけど。

「自分の人生の責任を取る」って言う人いるじゃない?

一度でも、他人の責任取ったことあるの?その人?

って思うんですよ。

自分の失敗が、自分だけでなく、会社をつぶすようなことだったらどうします?

それでも「自分の責任だけ」にフォーカスできますか?

 

わたしは、子どもの頃から、自分の失敗=家の失敗、親の失敗にされてきたんですよね。自分だけのことで済まなかった。それがどれだけ重くて怖くてたまらなかったか。

自分の責任だけでいいなんていいよねって。

 

離婚しても、離職しても、地震で家を失っても。

わたし、とても気が楽でした。

だって自分だけの責任だもの。

親とは縁を切っているので、親のメンツを潰すこともないし、親の人生を破壊することでもなかった。

 

自由に失敗できるってなんていいんだろうね。

 

そりゃそのことで大変だし、自分の命を考えたらしんどいけど。

「お前のせいで」という声は一切聴こえないっていう解放感ったらない。

 

この先に、何が待っているのかは全くわからないけれど

それすら楽しみでしかありません。

 

今も何かを、誰かを背負って生きてる人はたくさんいるのだと思いますが

背負わなくていいものは冷たくしていいし、切っていい。

自分に愛を注ぐ以外のことは後回しでもいいです。

 

一緒に幸せになろうね!

 

 

昨日初めてエスカルゴinサイゼ、食べました。

ふつ~www家でもできるかも。(カタツムリ抜きで)

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