風に吹かれて~誰のためでもない人生の記録~

つまづきながらも、楽しく生きているアラフィフの人生を日々記録したブログです。今、少し悲しいとか、辛いとか、思っている人に、少しでも笑顔になってもらえますように。

大好きなことだから

本格的な冬到来です。

防寒してますか?

 

また、新たな発見をしました。

どんだけファザコンやねん自分、ってね。

そして、父のことをまたひとつ、理解しました。

 

寂しさを埋めるために外面を必死で保っていたんだなあとか

それを家族に埋めてもらおうとしてたけど

結局自分自身を満たせなかったんじゃないかなあとか。

 

誰かをかまうことで、自分の寂しさから目を背ける。

それもまた、ひとつではあるけれど

その「誰か」を失った時、自分がひとりで病と立ち向かう時

誰かをかまうことができなくなった自分と

どう向き合っていくのか。

とても大きな課題を置いて逝ってくれました。

 

そやって目をそらし続けている男性の多いことも。

 

さて。

 

わたしは今の職場で苦労もしたけれど

好きな仕事ではあるわけです。

愚痴言いながらも、この仕事の本質を、折に触れて一緒に働いている人に伝え続けている2年間を過ごしてきました。

 

自分がやって見せる、やってもらうように促す。

毎月出す通信も14号になりました。

 

来年度は制度が変わり、私も含めて進退を問われることとなったわけですが

どうも、誰も辞めない様子。

日数が減っても、この仕事を続けたいという気持ちを感じています。

てっきり、給料に見合わないこの仕事、人生を考えたら違う選択肢もあるよと

それも伝えたのですが。

 

それに気が付いた時、わたしはとても幸せだなと思いました。

私が配属されてきた時に比べて、みんなが成長している。

この仕事に対する意識が強く、たくましく、プロとしてできるようになっている。

辛いこともあったけど、諦めず自分を貫いてやってきて正解だったと

思わされる出来事でした。

 

わたしは、「講義する」「厳しくしつける」というようなことは一切やりません。

ただただ自分がどうやって働いてきたかを見せるだけです。

何気ない言葉の中に、仕事の本質を混ぜていく。

おしゃべりしながら、自分が楽しんでることが勝手に伝わる。

そういう感じでしょうか。

説教もしないしね。

 

わたしは、そういう生き方、上に立つ時ってこうありたいという有様を、目指してきた気がします。

黙々と共に仕事をすることで、周りを変えていくというやり方。

 

説教するのは簡単なんです。道具を使って「口先だけで」何かをした気持ちになるってのは。

 

でもそれで、誰かの人生や何かを変えることなどできないです。

「私が変えてやった」とか思ってるだけで、実は、違うところに「変わる種」があっただけだったりする。

 

私が発信することは、「光のボーガン」となってるんだなあ。(←わけがわからないと思いますが・・・)

 

何が好きで何が嫌いで、こういうやり方があって、こうして、やってみて

自分のすべてを使って伝え続けること。

それが私の生きている証。

 

「大好き」のエネルギーは時空を超えていくんでしょう。

 

この世界に種を撒きつづける。そういう生き方もあるのです。

「受け取ります」ばっかりじゃない。

お金を得るために人から何かを奪うのでなくて

種を撒いて、その種の成長を見守る生き方は

幸せの果てることがない希望を感じます。

 

誰かと一緒に生きる時にも、わたしは、その人が幸せであるようにと

その瞬間を必ず笑顔にしたいと思っていて。

その対象が、「この人でなければならない」なんてこともなくて。

 

この「今」が過去も未来も作っていくのだと決心しているのです。

 

というわけで、また。

 

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