ただひたすらに
こんにちは。
寝込んでいます。
そこまで仕事頑張らなくても!といつも思うのですが
休みの日に動けなくなるまでやってしまう癖があるのかな。
ふとうこうカフェが、社会福祉協議会の広報に載りました。
やっとここまで来たなあ。
たったひとりで公民館を借りて待ったこともあったことを思い出すと、今のこの出来事はまるで夢のようです。
ダメな自分をさらけ出して、夢を語ったことが良かったのかもしれません。
とにかく始まったばかりです。
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わたしは、寝込んでいる自分が好きではありません。
自己否定に入ってしまうし、落ち込みます。
動けないことが一番堪えるみたい(笑)
それなのに、人生の大半を寝て過ごしているような気がして不思議。
夕方にまた目が覚めて、目が覚めたのに憂鬱で
やっと「自分を責めてる」ことに気づいたところです。
いいのにね、しんどいんだから~
こんなにいい天気なのに、休日なのに、みんな楽しそうなのに・・・と思ってしまうところ、悔しい自分、情けない自分と今日は一緒にいることにします。
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昨日も、お子さんが発達障害で、というお話を聴いていました。
どうしたって息子が心配。
でもね、私たちは、自分の人生を生きるしかないの。
どんなに子どもを心配したところで、代わってあげられない。
今、私たちが生きているこの時代は、戦時中と似ている気がします。
子どもたちが就職する先に豊かさを感じないし、安心感を持てない。
まるで、戦争に駆り出されていくようで。
だけど、他に選択肢はない。
親としてできることは、子どもたちがこの世知辛い世の中に「ハマる」ことを願い、求め、子どもが変わってくれることを祈るのではなくて
「なんでこうなん?」と社会の在り方に目を向ける時期が来たのではないかなと思うのです。
私の祖母は、息子である父を心配し続け、結婚してからも過剰にお金を与えたりしていたようです。それが生きがいだったんだろうと思うほどに。
でも、結局その息子である父は、祖母を施設に入れて、会話もあまりしなかったのではないかなあ。亡くなるまでの10年以上、祖母は施設で暮らしました。
私たちは、ただひたすらに、自分の人生を生きればいいと思います。
息子の人生にかまっている暇なんてないのです。
息子たちが生きづらいのは、息子のせいではないし、息子たちが将来どういう人生を歩くかを、私たちは見届けることもできない。
子どもの心配より、自分の人生を!
何かを目にして「息子がこんな風ならいいのに」と思うなら、それを自分が体現してみることです。他人に期待することは、自分がそのように「なりたい」からだから。
他人に理想を見せてもらうのではなく、自分がその理想に近づく努力をしてみましょう。それを見て、息子がどう思うのかは、息子の勝手ですけどね(≧▽≦)
あ、子どもではなく「息子」と書いているのは、どうも悩んでいる親御さんって娘じゃなくて息子が多いと思うからです。
どちらでも同じだけど。
あ、そうそう、息子に理想を求めるのは、「こんなパートナーがいい」という幻想の延長なのかもしれませんね。でも、間違っても息子はパートナーじゃないからね!
求めるとこ、間違ってるから(笑)
最近、フランスがマイブーム。なんでかな。
先日も、美味しそうな上等のお菓子を職場でいただきましたら、そのお菓子に「パリ」と名がついていました。
パリは結婚が自由だから。いいな。
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