風に吹かれて(旧・青い鳥を探して)

アラフィフのひとりごと。

特にない、ということ

昨日、いただいたお花がとてもきれいなのでシェア。

 

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住んでいる街から隣の街まで続いている道がある。

通ると、思い出がたくさんあることに気づく。

子どもを連れてフリースクールに行ったこと

アレクサンダーテクニークのレッスンに行ったこと

父のお見舞いと別れ

ただの一本道なのに、思い出が詰まっていた。

 

過去を積み重ねていくのが人生なのだと思う。

また、未来を今この瞬間に生きていくのが人生だと思う

思い出にしがみつかず、今日この瞬間を生きることは

だんだん難しくなるけれど

でも、過去があるからの「今」という理解がやっとできるようになったのは

年齢のおかげだと思う。

 

ところで。

 

親や教師から思い込まされたあれこれが、徐々に消えていき

「わたしはわたしのままでいいのだなあ」という実感が増えてきました。

 

毒親についてあれこれ書いたこともあるし

不登校についても書いてきたし

「わたしにはそんなこと言えない~」と内心思っている人たちに

ブログを読んでいただいていました。

 

今も、思うことは色々ありますし

考え方もなにも変わっていません。

 

でも、なんだか書かなくていいような気になっています。

 

「言えない人の代弁をする人」として見られるのが

あまり嬉しくないと思い始めたのもひとつです。

 

そもそも、子どもの不登校で悩まなかったのは

「今日の笑顔なしに、明日の笑顔はない」という信念があったからだし

今も「生きていればそれでいい」と子どもを手放した状態です。

誰かをコントロールするのもされるのも嫌なのです。

 

今日の私を笑顔にするのは私。

 

そして、誰が何を言おうが、何をしてくれようが、私の核は変わらないとわかったから。

 

誰のためでもなく、世界の面白みを経験するために生きているのだから

やっぱりこっそり楽しんでいくつもりです。

たまにここで、報告するかな。

私はピエロでもないし、代弁者でもない。

同じような生き方をしている人と会い続けたい。

 

なんだか過激な意見を求めている人もいるのだろうけど

もうその段階ではなくて

新しい表現を試行錯誤していきます。

 

久々に家の仕事片付いた!

いけそうな気がする~

おはようございます。

9時に起きました。

 

化粧も落とさずに寝てしまい

夕食の後片付け、食べ物を冷蔵庫にしまってくれている音を聞きながら

「起きなきゃ~片づけなきゃ~」とぼんやり頭で考えながら寝ていたら

熟睡できなかったようです。

 

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心と出来事ってのは、ほんとに相容れなくて

いいことがあっても、気持ちが沈んでしまうのは

あまり嬉しくないですし

また、何もなくても、何となく気分がいいこともあり

どっちもどっちだなと思いますが、みなさんはいかがでしょうか。

 

昨日なんて、素敵な講演会のようなものに参加して

魂喜びマックス!だったのに

帰り道でハプニングが二つも三つも起きるっていう・・・

え?なんで?なんで?てなったけど

これも「いいことのひとつ」だと無理やり思えなくもなく(笑)

息子とご飯一緒に食べたからいいか~と寝落ちした次第です。

 

何の計らいかわからないのですが

周りが一新される予感。薙ぎ払われてるんですけど(泣)

とても寂しくてたまらない日もあるのですが

なんとなく清々しいのも事実。

 

「状況に流されてください」と言うお告げを信じてw

流されるの苦手なんだけど、「絶対に大丈夫だから」と昨日も力強く言っていただいたので、「大丈夫」なんでしょう。

 

これは大いなる実験です。

 

人生の転機になるか!?

 

マジで「人生での大きな出来事は、離婚と地震で終わりにしてほしい」と思ってるんですけど、去年診てもらったところによると、「それだけで終わらない」みたいなことを匂わされており、「いつになったら安心安定が得られるのか」「それとも私に安心と安定はいらないのか」という気持ちになっております。

 

婚活したほうがいいかなってちょっと思ったもの。

この破天荒な人間と付き合ってくれる人などいるのであろうか。

 

とりま、今日はやることが山ほどあるのでこの辺で。

復活の兆

夏至です。

 

少しずつすっきりしてきた気持ち。

 

国立国際美術館に行ったら「抽象世界」という展示だった。

NMAO:国立国際美術館

 

いつの間にか、絵を見る目が変わっていた。

経験値で、美術を鑑賞する脳も変化するんだなあ、面白いなあと思いつつ

たくさんの美術作品に触れることでエネルギーが復活してきた。

 

若い頃は「これ、何に役に立つのかしら」と思っていたけれど

アート作品が「この世に出てきた」というのは、これまでなかったものが現れたわけで

それによって何か気持ちが何かしら動くということの凄さに気づいた。

見る人によって見え方が違うというのも

心理学的に見ても面白いし、人の脳は誰もが違うということの証明にもなる。

誰もその作品を同じようには見れない。

 

 

だから、わたしは、わたしの目でしっかり作品を体に入れ込む。

誰の眼差しでもない、わたしの眼差しで。

 

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誰かが、「世界をこう定義したから」「世界をこう解釈したから」といって

誰かの定義や解釈を信じなくてもいい。

 

自分が世界を定義して解釈すればいい。

 

 

それがすべての始まりだ。

 

 

先日、うっかり東大卒業生と作家に出会った。(すれ違った程度w)

京大、阪大の同級生はいるけど、東大は見かけない。

だけど、ふと入ったお店にいた。

 

好きなことをすると、思いがけない出来事に出会う。

 

誰かのお勧めでもなく、占いの結果でもなく、自分の感覚を信じて動けば。

 

未来を創るのは自分だ。

誰かが、子ども達がもたらしてくれるものじゃない。

 

世界の愛に触れた昨日と、夏至の今日。

 

 

 

 

疑問を持つのは疲れますか。

ウオノメ治療に通っている病院で

「ここまでの足は見たことないです」と言わしめたみかみです。

どんな足の裏やねんな!(笑)

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そして、液体窒素で焼かれている間、とてもひりひりするので「痛いです」と叫んでいたら、「痛がってるのを見て喜んでいるわけではないのですよ」とおっしゃいました(*´ω`*)

 

いいお医者さんです。

 

どこまで治るか微妙ですが、最近歩くのが苦にならないのは

いいこと。

 

鍼灸の先生に「メンテナンス大事です」と言われて気が付く鈍感さなので

大切にしたいですね、自分の身体。

 

ところで。

 

 

「疑問を持たないことは楽なのだ」という言葉を見て、なるほどと思いました。

わたしは、常に頭が活動しているので(休まないw)「疑問を持たずに動いたら楽」という感覚があまりなく、どちらかというと、「それは単調で退屈なのでは?」と思います。

 

けれど、多くの人にとっては「疑問を持たないほうが楽」だから「考えない」んでしょうね。

 

誰かの言葉に従っていれば日常生活が楽に送れる。

いちいち、突っかかってては日常が止まって仕方がない。

そんな感じでしょうか。

 

「この人のやり方を三カ月だけ取り入れてみる」ということなら、わたしは可能ですが、「すべて、この人の言う通りにしたい」と思ったことは一度もありません。

 

師匠と弟子ならあり得るのかなあ。

 

師匠で思い出したのがヨーダ

SWのヨーダは私の心の師匠でもあるのですが

私が尊敬したい師匠って結婚してないんだよね。

だから、結婚している気功の先生とか、結婚してスピを教える人を

私はいまいち、信用してないですw

自分を鍛えることに必死になってたら、結婚できなくない?

この社会制度や社会通念よりもっと上をいくのが、精神世界で人を教える人たちだと私は思っていて、普通に社会に馴染めるんなら、スピの必要ないでしょ。

 

女に世話してもらわないと生きていけないとか、え?敵が来たらどうすんの?ひとりで生きていけないの?弱すぎない?としか思わない。

 

ジェダイを理想にしてると、現実の男と仲良くなれないかも>わたし。

 

それはともかく。

 

「従ってれば楽~」な人は、たぶん、一生考えないと思う。

楽よりいいものはないと思うから。

私がマラソンに一生縁がないのと同じだと思う。

 

やっと「どうして、考えない人がいるのか」「なぜ思考停止するのか」のひとつの答えがわかって、他人を理解する手助けになった。

 

いやほんとに、わからなかったのよ。どうして思考停止して、わかったようなことを言う人の言うなりになるのかが。

 

そして。なぜわたしが「素直じゃない」と言われてきたのかも。

 

わたしは、疑問を持って考えるのが苦にならない。それどころか、楽しみですらある。

自分の中に答えを見つけるまでは信じなくても辛くない。

つまり、筋トレし続けて苦しくない人と同じなのかもね。

 

自分について、理解しないまま、「わたしは世間に馴染まないからダメなんだ」と思い込んで死ぬよりも、わかってから死にたいので。

 

まだまだ!

 

今日も変に暑かった。

みなさま、体調には気を付けてお過ごしくださいね~~~。

 

 

 

 

 

 

 

 

どんな時も

帰り道が好きだ。

朝がどんなにひどくても、夕方に「自由だ~~~」と思いながら帰るのは最高だ。

 

先日、ある場所でブレスレッドが弾けてバラバラになった。

不思議な話が大好きな割に体験したことのない私。

驚いた。

 

うそやろ?このタイミングで!と思った。

 

人生はまだ面白いことだらけだ。

 

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ひとつ、妄想話でも。

 

体調が今一つなこともあって、なんとなく癒されてるイメージをしてみた。

仏さまから光を浴びてる感覚。まあ、ひとり妄想ですよ。

そしたら、面白い言葉が現れた。

 

「昔、あなたは人を癒してたんだよ。だけど。疲れてしまって、癒されてみたいと願ったの。だから、今のあなたは人から癒される側になってるんだよ」

 

うむ。なかなかの説得力妄想だなあと思って記憶した。

 

そういう見方もあっていいのかも。そう思うと、何となく納得。

いつか忘れたけれど、「癒しの手だと思う」と言われたこともあるし、アロママッサージの教室でも「触るの上手」と言われてた。

だけどどうしてもそれを仕事にしたくないなあと思ったのも事実。

 

私が触れると気持ちいいらしいから、触ってあげるのはいいんだけどね。

 

たまには妄想もいいこと言うなあと思った次第です(#^^#)

 

**********

 

そして一年前を思い出すかのような地震がありました。

関西は何事もなかったかのように、テレビ番組を放映しているけれど

今も不安な時間を過ごされてると思います。

 

どうか、これ以上、何もありませんようにと祈るばかりです。

 

さすがにトラウマになっているようで

「もう震度3なんて気にならないよ」とのんきなLINEを送ってきた人に対して

怒りモードになりました。

 

こういうことって人間関係のひとつのきっかけになりますね。

 

タイミングというか、分かれ目というか。

 

震災は、その日だけじゃない。そこから先の日常が大変になってきます。

支援の手が届きますように。

わかってもらえるということ

今日は、鍼灸に行ってきました。

鍼灸師さんにご迷惑かかるくらいの体調の悪さ_| ̄|○

自分での日々のメンテナンス頑張ろうと思った次第です。

 

ちょっと前までは、体調なんてかまってられるか!状態でした。

それより、自分で自分をアゲアゲにもっていかないと

やってられないと思ってました。

ポジティブになるために何でもやりました。

 

それがままならなくなってきて、ふと気がつくと

アゲアゲにしなくても大丈夫になってました(*´ω`*)

 

ちょうど一年前の被災。

鍼灸師さんにざっとこの一年のことを話してみると

「それは大変でしたね」と言ってくれたんです。

わたしは、その最中でさえ、誰も同情してくれなかったし

そもそも「苦労を語るなんて迷惑かかるだけ」と思ってたんです。

っていうか、事情知ってる人であっても、私が平然と日常を送っているもんだから

ちっとも気が付かなかったと思う。

(精神状態が不安定なのを「おかしな人」だと思われてたし。あのたくさんの「やらねばならないこと」を抱えて、わたし、よく発狂しなかったなと思うよ、今は。)

 

思い返しても、あんなことはもうできない。二度とごめんだと思います。

よく体力が持ったと思うし、精神面でも踏ん張りました。

おかげで強くはなったけれども(笑)

身体が常に戦闘態勢であり、震災直後の緊張も取れないまま、走り続けてきたようです。

 

よく「わかってもらえると思うな」「期待するな」と言う人がいますよね。

でもそれで、気持ちのいい関係なんて築けるのかな。

わたしは、わかろうとしたいし、期待されてもかまわないよ。

そこは自分の判断で対応するし。

 

今日、この体調の悪さの理由の一端を伝えるつもりで

被災のことを話したら、誰よりもわかってもらえた感覚を得ました。

最初は、受け止められたことに驚き、じわじわと「ああ、嬉しいな」と思いました。

 

身体を診ている人の感性だからかな。

 

別に、わかってほしいと「願って」いるわけじゃなくて

「わかってくれた時の喜び」は間違いなくある。

そして、下手に「かわいそう」「何とかしてあげようか」ではなくて

普通に「ああ、大変でしたね」という受け止め方だったのもよかった。

 

色んな相談や話を聞く立場をしていると、「淡々と苦労話を聞く。無視しないで、軽視しないで、変に傾聴しないで、ミラーリングせずに、受け止める」ことができるようになるんだけど、けっこう上級レベルだと思うから、私はほとんど期待しないで生きてるし、でも、誰かの話はそういう風に聴く。

 

男の人って、勝手に女性に期待してるよね。

「話を聞いてもらえる」って。

なのに女性同士で「期待するな」説が飛び交っていて

男の話は聞いてあげなきゃ、でも、私の話は聞いてもらえると思っちゃダメとか抑圧してる気がする。

 

それはともかく。

 

私はやっと自分をねぎらうことができるようになりました。

休みの日はヨガをしてたあの頃のように、写経してたあの頃のように

時間を使うのが目標です。

 

そしてまた願いが叶った。小さな小さな願いが。

 

次のステージにあがるためのメンテナンスです。

わたしは、ひとりじゃない。

応援団が周りにいるよ!

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ぐらぐらする時

もうすぐ満月。

 

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今朝ちょっと地面が揺れました。

 

わたしは、息子たちを自慢に思っているけれど

同じ年頃の子どもの話題がまったく合わないのが時々辛い。

 

特に、高校が進学校だったもので、みな、自分の子ども達もたいがい進学校に通わせていて、それが当たり前。

子どもが通っている学校が、どんな素晴らしい学校かという話をされると、聞くしかないのだな、これが。

 

子ども達が不登校で~と言った瞬間、誰もが「どう反応すればいいのか」という配慮を始めるのもわかるので、それもあまり嬉しくない。

 

この国で、教育の多様性を語るには早すぎるのだなあと思う。

 

で。

 

その帰り道。他にも気になることがあり

「私の人生、なんでこんなに普通じゃないのかなあ」とつぶやいてみた。

そしたら、自分の中から「普通じゃないほうが面白いよね」って返ってきて

まあ、そうなんだけど。

 

話ができる、通じる人になかなか出会えないのが

なんだかなあな今日この頃です。

 

またこれ「自分のことを変わってるとか思いたいんでしょ」みたいに言う人もいるから嫌なんだけど(笑)

この選択肢の狭さが私の良さでもあるし、「誰でもいい」にならない自分がけっこう好きだということはやっと理解したところ。

経験の引き出しは多いほうが楽しい。

 

それにしても、人生半分を過ぎ

高校生の時、あんなにみなが大人に見えたのに

30年の過ごし方で、これほど世界の見え方が変わるものかと

驚くばかりです。

 

 

私の興味関心は、子どもや孫ではなくて

美しいものや哲学的なものなので

話が合う人を探しに行かねばと思うのでした。

 

 

「私と友達になってくれるなら誰でも」と思っていた過去から

「美意識が似た人でないと無理かも」の今。

何と言われようが、そこは譲れない。

 

そしてこんな本を買いました。

美しい人。羽生結弦選手。

 

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そして今日は父の日。

父の好きだったコーラを飲みながら偲びましょう。